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さて「ヴェネツィアの宿」で突然須賀さんの家庭に一大事が起っていたことが明かされます。私も初めて読んだ時は、驚天動地、須賀さんの父親までもかという気持ちでした。
<父がふたつの家庭をもっているのを知ったのは、私がはたちのときだった。いろいろ話したいことがあるから、帰ってきてください。戦後はずっと病身だった母から東京の大学の寮に手紙が来て、私は十一月のはじめの短い休暇に帰省した。父は不在だったけれど、彼がこの夙川の家にいないことに私たちは慣れていた。ふたりだけになるのを待って、母はぽつりと言った。パパが家を出ちゃったの。> ![]() ホームページには<3階南側のフロアは現在、教員の研究室になっておりますが、開学当時から学寮ができる1970(昭和25)年頃までは寄宿舎として使用されておりました。須賀敦子さんは最終学年を354、355、357のあたりの、上級生用の一人部屋の1つで過ごしました。>とあるのですが、昭和24年の寮の様子はよくわかりません。 ところで遠藤周作の父も同じで、母の郁さんのところには戻ってきませんでしたし、野坂昭如の実父にもそれに近いお話がありました。明治、大正生まれの作家はほとんどそのようななお話がついてまわり、私が知っているだけでも、谷崎潤一郎 佐藤春夫 川田順 与謝野鉄幹 島崎藤村 武者小路実篤 有島武郎 太宰治 などなど。 あの時代、お金持ちの男は皆そうであったのでしょうか。 <こんどばかりは、はっきり、うらぎられちゃったみたい。そう言って母は小さな笑い声をたてた。私が父に会ったのはその数日後だった。東京にかえるまでに、なにか糸口をみつけておきたい、そう思って私は京都に行ってみることにした。> どうも父親は家庭にも連絡せず、京大病院に入院しているらしいのです。 ![]() ![]() 須賀さんは夙川の家から朝早く阪急電車に乗って、京都まで一人で行きます。 <内科病棟に行って、名を言うと、やはり、私の勘があたっていた。でも、病室に行くとベッドはからっぽで、看護婦さんが、いまお散歩に出られました、と言った。>
by seitar0
| 2019-05-15 10:16
| 須賀敦子
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