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東京に来ていつも感心するのは、その地域の歴史に関する碑や掲示板が数多くあることです。漱石の猫の家から根津神社を歩いてくると、こんな掲示板がありました。 文京区には「文の京ロード・サポート」という制度があり、その一つのボランティア団体、「『青年』の散歩道」が、森鴎外の『青年』に登場する東大農学部周辺のロード・サポートをされているそうです。 さらに、「鴎外の作品の舞台と、ゆかりの地を巡るぶらり散歩にでかけよう!」というマップまで掲示されており、文学散歩には至れり尽くせりです。 『青年』は主人公の小泉純一が上京の翌日、当時人気絶頂の自然主義作家大石路花の下宿を訪ねるところから話が始まります(大石路花のモデルは、正宗白鳥と言われています)。 <さて本郷三丁目で電車を降りて、追分から高等学校に附いて右に曲がって、根津権現表坂上にある袖浦館という下宿屋の前に到着したのは、十月二十何日かの午前八時であった。 此処は道が丁字路になっている。権現前から登って来る道が、自分の辿って来た道を鉛直に切る処に袖浦館はある。木材にペンキを塗った、マッチの箱のような擬西洋造である。> しかし、小女から大石がまだ寝ていると言われ、「それじゃあ、少し散歩をしてから、又来るよ」と純一は歩き出します。 黄色の丸印のあたりに袖浦館があったようです。 <純一は権現前の坂の方へ向いて歩き出した。二三歩すると袂から方眼図の小さく折ったのを出して、見ながら歩くのである。自分の来た道では、官員らしい、洋服の男や、角帽の学生や、白い二本筋の帽を被った高等学校の生徒や、小学校へ出る子供や、女学生なんぞが、ぞろぞろと本郷の通の方へ出るのに擦れ違ったが、今坂の方へ曲って見ると、まるで往来がない。右は高等学校の外囲、左は角が出来たばかりの会堂で、その傍の小屋のような家から車夫が声を掛けて車を勧めた処を通り過ぎると、土塀や生垣を繞らした屋敷ばかりで、その間に綺麗な道が、ひろびろと附いている。> 「右は高等学校の外囲い」とは、旧制第一高等学校の外囲いで、現在の東大農学部・地震研究所のところです。最初の写真がそれにあたります。 そして、左の「出来たばかりの会堂」とは、東京聖テモテ教会のことです。 更にテモテ教会には、『青年』に登場する教会であるという掲示もありました。 この地区、皆で『青年』を盛り上げているようです。 続いて、 <坂の上に出た。地図では知れないが、割合に幅の広いこの坂はSの字をぞんざいに書いたように屈曲して附いている。純一は坂の上で足を留めて向うを見た。 灰色の薄曇をしている空の下に、同じ灰色に見えて、しかも透き徹った空気に浸されて、向うの上野の山と自分の立っている向うが岡との間の人家の群が見える。ここで目に映ずるだけの人家でも、故郷の町程の大さはあるように思われるのである。純一は暫く眺めていて、深い呼吸をした。 坂を降りて左側の鳥居を這入いる。花崗岩を敷いてある道を根津神社の方へ行く。> と新坂(S坂)を降りて、根津神社に入っていく様子が描かれています。 それでは、ここまで来たのですから、次に鴎外と漱石の東大を訪ねてみましょう。
by seitar0
| 2019-05-07 15:18
| 森鴎外
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