団子坂から森鴎外の観潮楼跡を訪ねた後は、薮下通りを通って夏目漱石旧居跡に向かいます。
日大病院横の解剖坂を上り切って右側に曲がると「夏目漱石旧居跡」の碑がありました。何と、題字は川端康成の筆によるものです。
そのすぐ横には、文京区教育委員会の掲示もあり、区指定史跡となっていることがわかります。
それによると、残念ながら旧居自体は明治村に移され、保存されているとのこと。
見取り図が森まゆみさんの『千駄木の漱石』に掲載されていました。
この家は庭を含めて敷地が四百坪ほどあり、南隣は『吾輩は猫である』にも登場する車屋でした。
夏目漱石は、明治36年にイギリスから帰国した後、明治39年に西方町に移るまでここに住んでいました。その間、処女作「我輩は猫である」を執筆し、この旧居は作品の舞台となったことから、「猫の家」と呼ばれました。夏目漱石は、ここで「倫敦塔」「坊ちゃん」「草枕」等の代表作を次々に執筆したのです。
また森鴎外も明治23年10月から明治25年1月までこの家に住んでおり、「千朶山房」と称していました。
『漱石の思い出 』夏目鏡子述 松岡 譲録 によると、猫嫌いの漱石の夫人の鏡子さんが追い出そうとしていたのですが、「そんならうちへ置いてやれ」と『吾輩は猫である』に書かれているとおりに漱石が言ったそうです。
その後、夏目家に出入りする按摩師が「この猫は爪まで黒い、大変な福を呼んでくる猫ですよ」と言ってから、鏡子も可愛がるようになり、漱石はやがてこの猫を主人公に小説を書き、本当に福が転がり込んできたのです。
「猫の家」の跡地は現在は日本医大同窓会館となっていますが、塀の上には猫の像があり、素晴らしいモニュメントとなっています。
こちらは反対側から見た像。
もう少しこのあたりの散策を続けましょう。
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-239242732"
hx-vals='{"url":"https:\/\/seitar0.exblog.jp\/239242732\/","__csrf_value":"6ccbe87dfba88a92b14b101b08470889125888f9218a65697705c6f7b45641805680e14dd456d760d04cdbf7f54b6136206287e110fd8a6126f02ddbe7ee4eae"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">