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私は昨年も4月10日頃に吉野に行ったのですが、昨年は気温が比較的高く、麓の方は散ってしまい、奥千本が満開になってしまいました。今年は遅れじと、つい先日吉野を訪れましたが、ちょうど下千本、中千本が満開で見事でした。 ![]() こちらは歌にも詠まれている七曲の下の千本。 ![]() 『仙人の桜、俗人の桜』からです。 ![]() 赤瀬川さんが訪ねたときは、上千本辺り見ごろの時期でした。 下の千本あたりはもう桜が散って、何だこのくらいの桜ならわざわざ吉野まで来なくても、と考えはじめたときのことです。 <谷を挟んで向かいの山肌がちらりと見える。そこには何打か湿り気を含んだ虹色のものが、もくもくと広がっている。思わず、「あれは何だ!」と、声には出さなかったが、急に足取りが軽くなった。いつの間にか、事件に群がる人込みをぐいと掻き分けるような気分で、その全貌の見渡せる現場へ出ていた。> これは、赤瀬川さんが上千本の花矢倉展望台に着いたときのことです。 私が今回同じ感動を得たのは、吉水神社の一目千本。 世界遺産吉水神社は、南北朝時代に後醍醐天皇が仮の皇居とした由緒正しい神社。 境内から見る桜景色は「一目千本」と呼ばれ吉野山を代表する必見桜スポットとなっています。 その桜風景は実にダイナミックでした。 <なるほど、これが吉野の桜か、という感慨をもって、やはり見とれてしまった。感慨というか、その性質に打たれたのだ。> 染井吉野と山桜の違いを次のように述べています。 <いや私は桜なら全部好きで、染井吉野のお花見も大好きだけど、しかしあの白い花だけを満開にさせる美しさというのは、やはり西洋好みではないかと思う。それが広まったのは、西洋的趣味への追従もあったのではないか。葉を排除して花だけの満開を崇めるところに、どことなく分析的な、父性的合理主義というか、あるいは一神教的なニュアンスが感じられる。> こちらの写真はライトアップされた夙川のソメイヨシノ。川面にも白い花が映っています。 <一方吉野の山桜の方は赤い葉が混じり、青い葉も混じり、ほかの木の緑も混じり、それが多神教的というとこじつけかもしれないけれど、清濁あわせ飲むような味わいの深さがあって、そこに母性的な縫い糸の多様さを感じてしまう。> ![]() 言われてみると、なるほど清濁あわせ飲むような味わいの深さを感じる吉野の山桜。 赤瀬川さんは、<やっと小学校以来の常識であった染井吉野の桜が、私の中で衰退し、代わって山桜が復興してくるのを感じる。>と結ばれていますが、確かにソメイヨシノばかり見てきた私にも、ようやく山桜が復興してきました。
by seitar0
| 2019-04-14 18:42
| 奈良
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