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貴景勝は仁川学院小学校、報徳学園中学校を卒業。 西宮では、幼い頃に阪急西宮ガーデンズで遊び、相撲は越木岩神社の大会で初めて挑戦。恒例行事「泣き相撲」で“赤ちゃん力士”を抱える役も務め、同神社が「西宮で一番の思い出」と語ったそうです。 https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201903/0012190081.shtml この越木岩神社の「泣き相撲」、西宮市在住の作家・小川洋子さんの『原稿零枚日記』に登場しているのです。 5月のある日(日)の日記は次のように始まります。 <前々からカレンダーに印をつけ、楽しみに待っていた子泣き相撲の日。雨が降ったら赤ん坊たちはどうなるのだろうかとそればかり心配していたが、空のどこを見渡しても雲は欠片もなく、これなら大丈夫だと一安心する。子泣き相撲の情報を得たのは全くの偶然で、運が良かった。二百年の伝統を持つこの行事が、家のすぐ近所の神社で毎年執り行われているとうのに、今まで気づかずにいたのは不覚だった。> こちらの写真は本日の写真。神社に続く参道は古木の桜並木となっており、桜も開き始めていました。もう少しで満開の綺麗な桜並木となりそうです。 <細い山道をどうやって登ってきたのか、背後にバスが一台到着する。フロントガラスには『子泣き相撲専用シャトルバス』のプレートが見える。中から次々あふれるように赤ん坊たちが降りてきて、群に加わってゆく。> ![]() 泣き相撲の時は、例年送迎用の阪急バスが運行されます。 普段は土俵はこのような状態ですが、貴景勝はここで開かれた相撲大会に出場したり、「泣き相撲」で“赤ちゃん力士”を抱える役も務めたそうです。 泣き相撲の様子は『原稿零枚日記』に詳しく描写されています。 <いよいよ取組がはじまった。まず東と西、対戦する赤ん坊の出身地お名前がマイクで読み上げられる。その間に彼らは、回し姿のアマチュア力士に抱えられ、土俵へと上がる。 実はこの写真、2011年9月に私が『原稿零枚日記』泣き相撲の取材に訪ねた時に撮影した写真です。 http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p10752174c.html 貴景勝は1996年8月生まれで、この時中学三年ですから、この写真の中に報徳学園中学三年の貴景勝の姿が写っているかもしれません。 そのアマチュアの力士の姿の描写がまた秀逸です。 <一本の布をただ巻きつけただけという、回しの潔いほどの簡素さに感銘を受け、つい見とれてしまう。力士たちの堂々とした体格、鍛え上げられた筋肉、清々しい立ち居振る舞いが、その簡素さと見事に調和している。しかも彼らは若い。肌には弾力があり、短く刈り上げた頭は青々とし、表情はついこの前まで子泣き相撲に出ていたといっていいくらいにあどけない。> ![]() そしてここでアマチュア力士が何処の人なのか教えてもらいます。 <彼らがどういう立場の人なのか、私は法被姿の人に質問する。その人は近所にある有名高校の名前を挙げ、「そこの相撲部員たちです。彼らが毎年、こうやって大事な役目を果たしてくれているのです」と、優しく教えてくれた。> 私は貴景勝が活躍しだしたときから、ひょっとしたら越木岩神社の泣き相撲に出場していたかもと期待をしていたのですが、高校は埼玉栄高校だったのであきらめていました。 しかし、今回の新聞記事で報徳学園中学で、参加していたことがわかり、大喜びです。 <はっけよい」行事さんが身を乗り出し、軍配を返す。赤ん坊は中腰になった相撲部員により、仕切り線のあたりで小さく上下しながら両足に土俵の砂をつけてもらったあと、宙に抱き上げられる。「残った残った。残った残った」二人は同時に泣き出す。泣き顔が近づいたり離れたりする。> <この勝負、預かり」行事さんが引き分けを告げる。赤ん坊は土俵を下り、待ち構える親の腕の中にようやく戻ってくる。> ここに引用したのは泣き相撲の描写ですが、この日の日記を最後まで読むと、あの独特の小川ワールドが広がっていました。 小川洋子さんは阪神タイガースファンとして有名ですが、大相撲の貴景勝はどうでしょう。 今度お会いしたら、是非伺ってみましょう。 それにしてもあの写真を撮った時、中三だった子が、もう大関昇進とは。
by seitar0
| 2019-03-29 14:54
| 小川洋子
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