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高等師範学校長として、学校体育を推進し、「体育の父」と呼ばれている嘉納治五郎ですが、その体育の趣味を育んだのは、御影の生家「千帆閣」の恵まれた環境でした。 <先生生家の母家に入って、先ず念頭に浮かんだものは、あの海魚を活かしたという大手水鉢である。果たして有った。著者が多年空想していたものとは、実物は大いに違っていた。くり抜いた御影石ではなくて、大皿のような自然石が、縁側に近く据えられてあった。海は目と鼻の間にある。先生少年時、丁稚小僧等とともに海水を汲んで、自分等が捕ってきた小魚を活かして遊んだのであろう。> 御影公会堂に、「千帆閣」にあった大皿ような自然石でできた大手水鉢の写真がありました。 東灘区に大正14年に建てられた菊正宗の本嘉納家の菊正宗酒造本店建物があり、その角に「嘉納治五郎翁生誕地」の石碑が立てられています。 <此庭の名物として知られた連理の松、その松の根に踞る亀石、全く亀の形の石。それから庭中の飛石の中枢ともいうべき真っ平らな大きな飛石。そ上で先生は兄の謙作さんと角力を取ったなどと伝えられているが、石上の角力は危ない、押出などして戯れたものであろう。> 連理の松とは、2本の松の枝、あるいは1本の松の一旦分かれた枝が癒着結合したものです。 上の写真は千帆閣の庭の写真ですが、燈籠の後ろの松か、女性の前の斜めに聳えている松が連理の松なのでしょう。 <広い平庭は、もっとも少年の遊技場に適しているのみでなく、庭からすぐ狭い白沙の浜で遠浅の海に続いているから、天稟活発な先生の少年時代、その運動場は、広い庭から蒼茫たる海に続いて、飽くまで遊びに戯れ、美しい白沙の上に寝転がって休むなど、理想的な体育の天造の大舞台、先生が好きな水泳の手ほどきも此の海であったであろう。> ![]() 御影の白浜の写真が残っていました。 <毫も危険がなくして、そして種々の変化ある局面がいよいよ運動の興味をそそる。家庭的というよりも、家庭そのもので、極めて平和、自由、寛大で、そして大規模な大自然の大道場、天地を家とする尤も恵まれた運動場である。先生の偉大なる風格、議論ではなく真に骨髄に徹した体育の趣味、すべて此の生家の環境の延長、拡充でなければならぬと、著者は痛感した。> このように恵まれた生家の環境が、嘉納治五郎の体育の趣味を育むのに重要な役割を果たしたと推定しています。
by seitar0
| 2019-03-01 21:28
| 御影
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