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志賀直哉が城崎温泉を訪れたのは大正二年十月のことでした。その二日まえの夜から北丹波一帯は豪雨に見舞われ、城崎では床上浸水した旅館もあったほどでした。直哉はまず城崎駅から人力車に乗り、車夫に「一番いい宿はどこか」と尋ね「ゆとうや」に案内されますが、あいにく「ゆとうや」は浸水中でした。
![]() 仕方なく別の宿へ行きますが二番目に案内された宿は気にいらず、三番目にあたった「三木屋」に落ち付くことになります。 ![]() 「暗夜行路」でも、城崎を訪れ、三木屋が出てきます。 ![]() <城崎では三木屋という宿に泊まった。俥で見て来た町の如何にも温泉場らしい情緒が彼を楽しませた。高瀬川のような浅い流れが町の真中を貫いている。その両側に細い千本格子のはまった、二階三階の湯宿が軒を並べ、眺めはむしろ曲輪(くるわ)の趣きに近かった。又温泉場としては珍らしく清潔な感じも彼を喜ばした。一の湯というあたりから細い路を入って行くと、桑木細工、麦藁細工、出石焼、そういう店々が続いた。殊に麦藁を開いて貼った細工物が明るい電灯の下に美しく見えた。 宿へ着くと彼は飯より先ず湯だった。直ぐ前の御所の湯というのに行く。大理石で囲った湯槽(ゆぶね)の中は立って彼の乳まであった。強い湯の香に彼は気分の和らぐのを覚えた。……> ![]() 高瀬川のような川とは大谿川のことです。 ![]() 上の写真は現在の御所湯ですが、説明されているような道後温泉に似た深い湯船はありません。 二番目に案内された宿はどこかわからないのですが、ひょっとすると、つたや旅館でしょうか。 ![]() この宿はかつて、桂小五郎が京都蛤御門の変で敗走し、出石から移り、潜んだ宿です。 「竜馬がゆく」の取材と執筆のために、司馬遼太郎も逗留し、つたやの門前には、司馬遼太郎文学碑が建てられています。 ![]() 「往昔、当地は但馬國城崎郡湯島村といい、畿内貴顕の湯治場であった。桂小五郎、蛤御門の変ののち遁れてここに潜み、当館にて主人母娘の世話を受けたという。司馬遼太郎記」さて三木屋にしばらく逗留した志賀直哉は、朝食には特別に神戸からパンとバターを取り寄せたそうです。 志賀直哉の「城の崎にて」は次のように始まります。 <山の手線の電車に跳ね飛ばされてけがをした、その後養生に、一人で但馬の城崎温泉へ出かけた。>現在は日本国中多くの有名な温泉がありますが、大正の初め、どうして志賀は城崎温泉を選んだのでしょう。 江戸時代の温泉番付なるものがありました。 ![]()
by seitar0
| 2013-02-24 20:20
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