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みほぼんさんが「土井晩翠終焉の地」として昨年紹介されていた晩翠草堂を訪ねました。
http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061534/p10765502c.html 既に述べられているように、仙台駅近く、青葉通りに面した晩翠草堂、あたかも日本版バージニア・リー・バートンの「ちいさいおうち」を見ているようで、ビルの間によく残されています。 ![]() ベルを押して中に入ると、管理されている方が出てこられ、説明していただけました。 ![]() ![]() 晩翠は東京帝国大学英文科卒で、詩人であり、英文学者でもありました。 明治34年から37年にかけてヨーロッパに私費留学したのですが、この時ローマから薄田泣菫に送った絵葉書に私は感激し、記事にしましたが、もう一度ご紹介します。 東大英文科卒の晩翠に対し、泣菫は、明治10年に岡山県で生まれ、中学を2年で中退した後、ほとんど独学で英語を勉強し、20才の時すでに英国人キーツの詩集を片時もはなさず、読み耽ったそうです当時既に新体詩を発表していた泣菫は大阪毎日新聞社に入社し、西宮にも長く住んでいました。 ![]() 土井晩翠はまだ一度も会っていない泣菫に、絵葉書とキーツの墓から摘み取った花を送ります。泣菫の実力を認めていたのでしょう。 ![]() ![]() 未だ御目にかからず候えども一筆 御免被下度(ごめんくだされたく)、昨日ローマ南郊外に遊び英の二大詩人のあとを弔い候。 別封の花はKeatsの墓よりつみとりしものに候。君が平生欽迎(きんぎょう)の処と承り候故、かたみとしてはるかにおくりまいらす。 墓は此図ピラミッドの左に隠れて、一の塀を隔てて、はるかに Shelleyのそれと毎(つね)に思を替わしつつある哉に被存(ぞんぜられ)候。 大帝国二千年の廃墟 バイロンのいわゆる “A ruin! But what a ruin!” 野花春草一として感慨の種ならざるは無之(これなく)候。 小生三四ヶ月此地に滞在 可仕(つかまつるべく)、御用も在之候はば仰付被下度(おおせつけくだされたく)。 薄田泣菫様 ローマにて 土井林吉 紀元前18年から12年の間に建造された古代ローマの執政官ガイウス・ケスティウス・エプロの墓としてのピラミッドは今ものこされています。 ![]() 晩翠が書いている通り、キーツの墓は、ピラミッドの左に隠れている非カトリック教徒墓地にありました。 ![]() ![]() 文中に出てくるバイロンの一節は「チャイルド・ハロルドの巡礼」の中のもので、土井晩翠は大正13年に翻訳し、出版しています。
by seitar0
| 2013-02-11 21:23
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