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「遠い朝の本たち」の「まがり角の本」からケティー物語を紹介しましたが、その次に収められているエッセイが「葦の中の声」でやはり冒険物語といえば冒険物語です。
<不時着したのは、いったい北海道のどの辺りだったのか。いや、北海道ではなくて千島列島だったようにも思える。季節はいつだったのか。>という冒頭の文章で始まり、アン・モロウ・リンドバーグのエッセイについて述べられています。 ![]() <さて、題もおぼえていないエッセイに話をもどそう。千島列島の暗い夜につながるひとつの場面が、いまもくっきりと私の記憶に浮かび上がる。………「私たちはいったい、地球のどのあたりに着陸したのかも、まったくわかりませんでした」たしか、そういう文章があって、作者と夫のチャールズは、アメリカから北廻りで「東洋」へのルートを探るための飛行の途中、葦の茂みに不時着した飛行機のなかで、救助されるのを待っている。> ![]() <この暗闇の中の時間はどれくらい続いたのか、息をつめて読む私に長く感じられたのだから、あてどもなく待っていたふたりにとっては、無限と思えたに違いない。絶望に似たその時間は、しかし、不意に終る。葦の茂みを通して、人声が近づいてきたのだ。(関西の家の近くに大きな用水池があって、その一角に葦が繁っていた。私はある夏の日、そこに出かけていって、リンドバーグになったつもりで、池のそばを通る農夫たちの声に耳を澄ませたことがある。寒い千島とはちがって、まぶしい太陽がとろりとした緑の水面に照り返していた)夫妻が耳にしたのはまぎれもない人間の声だった。> 須賀さんの実証主義にも驚かされますが、私も須賀さんが潜んだ用水池跡を探しにいきました。 ![]() 須賀さんの家の近くの用水地は、須賀家が殿山町に移る前の昭和3年夙川香櫨園経営地案内図に記載されています。地図には稲荷山と書かれている高塚山の東側にある池です。 現在のGoogle Earth航空写真では、溜池は住宅地となり、高塚山が削られているのもわかります。ちなみに高塚山は須賀さんが山と呼んで、幼い頃よく遊んだ山です。 下は溜池があったあたりと高塚山の写真です。 ![]() 残念ながら須賀さんの時代の面影はまったく残っていませんでした。昔はニテコ池にも少し葦がはえていたような気がしますが、今はニテコ池に入ることもできません。
by seitar0
| 2012-11-04 19:42
| 須賀敦子
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