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須賀さんは昭和十二年、父の転勤にともない夙川から東京麻布本村町に引越し、白金の聖心女子学院小学部三年に編入します。しかしなかなか馴染めず関西での暮らしを懐かしむのですが、その一つの不満が広い庭がなくなってしまったことでした。
「まがり角の本」では次のように述べています。 <小学校三年生から女学校三年のおわりまでの私自身に、今日どこかで出会ったとする。痩せて、たよりない顔をしたその子に、いま、いちばん欲しいものはなあに、と訊ねたら、その子は真剣な顔をして、こう言うだろう。お庭の広い家。> <松林の丘陵がつづく土地に建っていた関西の家のあたりの自然がなつかしくて、その子は、毎日、つらい思いをしていた。東京に来るまでその子は、学校から帰るとランドセルを玄関にほうりだして、日が暮れるまで、{山}で遊んでいたからだ。> ![]() さらに昭和十年まで住んだ芦屋の家のお話が述べられています。 <その子、私が幼年時代をすごした、兵庫県武庫郡精道村の家は、借家ではあったけれど、庭は、ひろいといっていい部類のものだった。どれくらい、と訊かれて正確には答えられないが、その家はおそらく当時の郊外によくあった種類のものではなかったか、どこか農家風なところがあって、たとえば庭についていうと、明確な三つの区分があって、そのひとつひとつが、独立した三つの世界をかたちづくっていた。> 須賀さんが日が暮れるまで遊んだ{山}というのは、どうも現在マンション建設が進んでいる高塚山のことのようで、航空写真の上の丸い緑の部分です。その右がその後住んだ殿山町です。 ![]() 昭和十年まで住んだ芦屋の借家は夙川の家から約1km、現在の芦屋市翠ヶ丘町にあり、二階からは海が見えたそうですから、それらの情報を頼りに行ってみることにしました。 ![]() 芦屋市翠ヶ丘町は西宮市大谷町と境を接しています。写真は山手幹線の芦屋と西宮の境界で手前が芦屋市翠ヶ丘町で、南北の境界はJR東海道線以北、阪急神戸線以南です。 ![]() 山手幹線沿いはもちろんのこと、北にあがっても大きな屋敷の跡地はマンションに建て替えられつつあり、当時の面影はほとんど残っていませんでした。 二階の手摺越しに海が見えたというのは、現在は芦屋の高層マンションが見えている下の写真のあたりだったのではないでしょうか。 ![]() 芦屋の家の庭は三つに区分され、須賀さんがいちばん思い出していたのは三番目の庭で <英語のオーチャードとか、フランス語のポタジェ、イタリア語のオルトなどは辞書でひくと、果樹園とか、野菜畑とか、菜園とあるが、芦屋の三番目の庭が、まさにそれに相当するものだった。> これは須賀さんが子供の頃読んでいた「ケティー物語」の、はてしなく広い庭のある家を思い出させていたようです。
by seitar0
| 2012-10-29 20:19
| 須賀敦子
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